2021年3月31日水曜日

花の春

 花を見に行く。
 花といえば桜のことである。そんなわけで木次へと繰り出した。日本の桜の名所100選にも選ばれている、島根県東部が誇る花見スポットである。
 実はここには去年も行った。なので、今年は桜の開花がわりと早かったが、去年はいつぐらいだっただろうと、1年前の3月下旬から4月上旬のブログを確認しようと思ったのだが、僕もファルマンも、春休みの島根帰省について、おもしろいくらい一切の記述をしていなかった。してないことにしていた。なんでだろう。箝口令でも敷かれていたのだろうか。
 そのときも、岡山在住時代によくやったパターンで、はじめの週末に全員で島根に行き、僕だけが岡山に帰り、ファルマンと子どもたちは1週間を実家で過ごし、また次の週末に僕が島根に迎えに行くというスタイルの帰省だったが、そのひとりで過した1週間の中で、僕は初めての布マスクを製作したのだったと記憶している。これはいま思えば、もはやすっかり定着した実利&ファッションアイテムとしての布マスクの、開始のタイミング的にだいぶ早いもので、桜並木を歩きながら、けっこうすれ違う人々の視線を感じたのを覚えている。「あ、そういうのって本当にありなんだ」と何十人かの蒙を啓いたやもしれない。振り返ってみれば、時代を先取りしたインフルエンサー的なことをしていたのだ。それから1年で世界はすっかり変容した。今年の桜並木を歩く人々は、もちろん全員がもれなく、さまざまなデザインのマスクをしていた。どの時代も変わらぬ桜を眺めながら、文化なんてものは実に簡単に変わるのだな、ということをしみじみと思った。
 お弁当を持ってきていたので、土手に座って食べた(いうまでもないが、島根県だし平日だし、他のグループとは余裕で5メートル以上の距離がある)。しかし風が強かった。行った日の前日が本当に強風で、満開になったばかりの桜がほとんど散ってしまうのではないかと危ぶんだ。来てみたらそこまで壊滅的ではなかったが、しかし葉っぱも出てきていて、明らかにピークは過ぎていた。風もまだ多少残っていて、ラップなどが飛ばされぬよう注意しなければならず、さらには黄砂もなかなかの濃度だったため、「まあ今年も花見をしたってことで!」という、若干せわしない花見となった。とはいえ去年のそれも、布マスクのエピソードなどが甦ってくるように、花見というのはなんだかんだで思い出として残りやすい性質がある気がするので、どんな形でもしておくに越したことはないと思う。できてよかった。
 花といえば桜のことなのだが、春に咲くのは桜ばかりではない。花の郷という、植物園というのか、季節ごとの花を咲かせて来園者をお出迎え、という感じの有料施設へも、春の花々を見に繰り出した。なにしろ30代後半になり、「花を見られる」ようになったのだ。花に限らず、鳥とか、波とか、飽きずに眺めていられるようになったので、こういう施設へも、子どもの写真を撮るため、みたいなよこしまな理由ではなく、実直に自分が花を愛でるために足が向くようになった。
 見た結果、春の花としてのピークはGWあたりに照準を合わせているのか、まだ園内は少し寂しかったが、それでも日常では見かけないような花も多くあり、なかなかに愉しめた。前々から思っていたけれど、やっぱり僕は円形の、平面的な花が好きだな。オオキンケイギクがそうであるように、コスモスやガーベラ、マーガレットやデイジーなど、要するにすべてキク科だけど、ああいうのがいい。鉢で育てようかな、なんて不意に思ってしまうが、たぶんしない。刺繍したいな、とも思い、そっちのほうが実行する可能性は高い。
 そんな春の日々である。