2020年11月16日月曜日

アイ論

 家のアイロンの調子がどうにも悪いので、新しいのを買うことにした。
 これまでのものは、コード付き、スチームなしのタイプで、これは別に安かったからそんな低機能のものを選んだというわけではなく、下手に縫製業を齧ったがゆえのこだわりとして、「アイロンっていうのはそういうもんなんだよ」という気概でもって使用していた。蒸気の必要があるときは、霧吹きを使っていた。そういうもんなんだよ、と思っていた。
 などといいながら、それの調子が悪くなって新しいものが必要だ、となり、価格ドットコムで商品を選ぶ際、絞り込みの項目として、「コードレス」と「スチーム機能」に、いの一番にチェックを入れている僕がいた。言い訳がしたい。先ほどからいっているように、これまでのストロングスタイルアイロンは、あくまで「調子が悪くなった」のであり、完全に故障してはいないのだ。たまに、スイッチを入れてダイヤルを回しても、一向に熱が高まらないときがあるくらいで、それ以外のときはこれまで通りに使える。なんだか、年を取って、まだらに記憶が飛ぶみたいな、生々しい老いさらばえのようだな、と思う。長年使った機械って、わりとそういう感じを出してくる。でも元気なときもある以上、同じような機能のアイロンを新たに買ってもしょうがない。だからこの言い訳は、立つ。立派に立つ。
 かくしてコードレスで、スチーム機能付きの、縫製業を齧った人間が一笑に付す、どこまでも家庭用なアイロンが、わが家にやってきた。そうして使いはじめたら、これがもう快適なのなんのって。コードがなくて煩わしくないし、スチームをオンにしておけばいい具合に蒸気が放出されて、しわもすいすい伸びるし折りもしっかり付く。こんなんめっちゃ快適やん、と思った。片手にアイロン、片手に霧吹きで、コードを踏みそうになるのを払いつつ掛けていた頃より、はるかに効率がいい。こんなにいいものかよ、と驚嘆した。こんなことならばもっと早く前のが調子悪くなってくれればよかったのに……、といいそうになったところで、年季の入った前のアイロンの、老練な鋭い目線を感じ、背筋が冷たくなった。アイロンのくせに、こんなにも俺に寒気を覚えさせるとは。
 いや、まあ適材適所だと思う。実際、大きな接着芯を布に張り付ける際は、スチームは使わないし、コードレスで熱が下がると途端に糊が溶けないしで、やっぱりコード付きのほうがいいな、となって元のものを使ったりした。だからまあ、アイロンはタイプの違うものを2台持ち、というのがたどり着いた結論で、縫製業を齧った人間として、アイロンっていうのはそういうものなんだよ、といいたい。実に柔軟な主張。こだわらないのがこだわりです。